雇用者と雇用される側
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 JALの事故が相次ぐ中、人材教育というものを改めて考えなければならない時期に差し掛かっているのかもしれない。
平成不況から7年の歳月が経ち、企業はコストカットを続けている。
そのコストカットとは人材のコストカットが中心となっている。
例えばマクドナルドの商品やジュース、その他の製品を見ても販売価格に対しての原価は概ね50%を越える事はまずない。
少なくとも50%は人件費としてコストが裂かれているこのコストを削減すれば単純に利益率は上がる。
しかしそのコストカットは正しいのだろうか、私は疑問に思えてならない。

 確かに理論的に考えると出来る者を雇い、それで人が居なくなれば海外の安い人材に頼る=人材育成は必要ない。
これで結びつく様に思えるが、そう簡単にはいかないのが世の常だ。
現実的にJALはこの手法を使って見事に組織基盤の崩壊を世に見せつける結果となった。
不況に入って人材教育を行わない企業はその企業の持つ独自のノウハウや技術を持った人間を伝承できず、
売り物となる技術力や質を落とす事に繋がるからだ。
例えば、雇用をする事は労働基準法に沿った形で受け入れなければならない為、企業としては都合の良い
人材派遣やスキルのある者に頼って来た。
一つは派遣を雇えば労働基準法という概念が崩れる為に、雇用に掛かる社会保険などの基礎的なコストがカットできるし、
残業という概念が無いのでオーバーした時間の給与計上は無効に出来るなど法的な制約から免れる。
もう一つは新人を雇う事は赤を見越した上で雇う必要があるし、黒に転ずるには3年くらいは必要だ。
ならば経験のある者を雇った方が利益に繋がるという訳だ。
しかし考えてみて欲しい、派遣者は雇用されている訳ではないので引き入れる会社は自由に人材を選べる反面で
派遣者側も契約期間や条件を盾に現場を去る事は自由に出来る。
派遣者に重要な事を全て任せてきた企業は、その派遣者が去ってしまうと何も出来なくなってしまう。
造船を初めとする大手の工場は特にこういった問題が今頃になって深刻化している。

 7年間の間に社員教育を行わなかった企業は単純に計算してみると2世代分の人材を損失した事になる。
この問題を積極に取り組んでいる企業は着実に利益を上げている、現実的にトヨタグループはこうした問題を
常に意識した上で人材を育成している。
誰かに任せるという事はそれだけのリスクを背負うという事を計算しておかなければならない。
重要なポジションを任せるにはその企業に相応しい任せられるだけの人材を予め準備しておかなければ
その準備が無い状態で実力のある人間を金の力で引っこ抜いても継ぎ接ぎにしかならない。
つまり組織的な基盤が崩れていくだけという事だ。

企業側がこれだけ新人の育成に否定的になった事にも訳がある。
バブル絶頂時代に軽い考えの者が増えたのか新人を入れても辞めていくパターンが増え、
かつて日本が主軸としていた雇用と労働者の主従関係という概念が崩れていったからだ。
これを言わぬばかりに企業は米国式の実力主義に乗り出した。
米国では確かに実力主義的な部分が強いが主に学校と企業が共同研究を行ったり、サービス系の仕事であれば
企業側が積極的に人材教育を行う機会や何か光るものがあれば給料が出なくても仕事をくれる場所があるし、
独立の出来る環境も与えられている。
しかし、日本ではそういった基盤が無いまま米国式のコストカット重視の側面だけを見習って来た。

 重要なのは企業がこれから雇用していく人材の見極め方だ。
IQテストやSPIテスト、学業成績で物差しにする企業は多いが、何を根拠にそういった定義を作るのかという点だ。
確かに多くの求人者が来た場合に第一段階で勉学の出来る人間に絞り込みを入れる方が効率が良いという事は
理解出来るが、会社を支える人間を雇用するのなら雇用する姿勢に時間を掛けて真剣に取り組んでも良い気がする。
ある会社では社員を育成しつつ、派遣者も引き入れる。
理由は派遣者に新しい発想や会社の基盤を取り込んで社内を活性化させる為だ。
もう一つの会社では派遣者をメインに引き入れ、教育していって使える人材は正社員として引き入れる手法だ。
勉強が出来る、型にはまった自己アピールが出来る(自信を強調する)・・・現実の企業面接はそれだけで大抵、パスできる。
しかし、もっと個性のある人間(外見的にではなく考え方や発想的な面で。)や自力でやってきた者、
この企業で絶対に働きたいと考えている者に対しての評価をする必要もあるのではないだろうか。
勉強が出来る=仕事が出来るという繋がりは無い。
同じ勉強をしてきた人間でも理解の無い効率型の勉強で点数を稼いだ者と
例え勉強が出来なかったとしても、意味や理解をした者では根本的に仕事のやり方や行動が違う。
企業のカラーに応じて、効率主義者を雇った方が良い場合もあるし、理論主義者を雇った方が合っている企業もある。

そして、労働者の傾向も我慢をして仕事をするという考えからやりたい仕事をする傾向に変化している。
企業はそういった傾向を汲み取った上で旨く人材を使う必要が出てきている様だ。
これだけ物が豊富にある時代、ヒット商品や新しい技術を開発するにはその人だけが持つパワーを
引き出していく必要があるし、労働者はそういったパワーを持っていかなければ社会に生き残るのは難しい。
現存にあるものを改良するだけでは生き残れない、円の価値がある以上は技術的に日本と肩を並べるだけのものがある
中国や韓国と同じ事をして利益を上げる事は皆無に等しいのだ。
新しい発想、今までにない事を積極的に押し進めていかなければ厳しい競争の中で生き残る事は出来ない。
流行を生み出せる企業でなければ会社の基盤は固まらない、流行を生み出した企業はその流行で得た利益で
更に流行を生み出せる経営戦略を打っていかなければならない。
流行は常に変化するので一時の利益に満足していては落ちる事はあっても這い上がる事は出来ない。
これはIT業界を初めとして飲食業界やサービス業界、どの業種にも共通するものだ。
最近の若者は傾向として意味の無いものを意識しない傾向がある。
これは学校教育の内容が同じ事で、何の為に何を学ばなければならないのかという土台が無い所で
カリキュラムに沿って授業を進めるからよく訳のわからない勉強の内容になる。
勉強に興味を持つ為の動機付けも無い所で型にはまった勉強をして面白いと思えるだろうか。
教師自身がカリキュラムの内容や授業の内容を吟味して自分で興味の持てる面白い授業と思えるだろうか。
内容の無い映画や内容のないゲームが流行るというのは楽な反面、意味を考えないという事は平和問題を含めて
危機な方向に向かってもおかしくはない。
今こそ、企業を含めて個人が一つ一つのプロセスを考えていかなければならない時代に入っていると私は感じる。




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