人類は人種の壁を破る事は可能か?
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 私は可能であると断言したい、人種が違ったとしても同じ人の子である。
寧ろ、世界がそういった方向に向かうべきであると私は思う。
これは私自身が実体験に基づいた事であって、理想や空想論ではない。

 私は過去、オ−ストラリア人と中国人に出会って来た。
小学生の頃だったか、何が切っ掛けで縁が出来たのかは記憶の底に埋もれているが、
2歳年上である中国人の先輩と仲良くなった。
この縁は中学校の部活動に続き、これがバドミントンを知る切っ掛けとなった。
この時、私が印象を受けたのは中国の人は面白いという事だった。
残念ながら中学を卒業して以来、音信不通となってしまった。
後、高校時代にオーストラリア人と文通していた時期があった。
ここでも、余り人種の違いといったものは感じる事は無かった。

その後、事情あって地元を離れ、とある派遣会社に2年程、在籍した経験がある。
実は、この派遣会社で研修を受ける時に他県から来た者については中国人と共同生活を行なう事になっていた。
比較的、親日的な西安の人達だったが、やはり靖国神社や日本人に対してのイメージは決して良いものでは無かった。
彼らは来日して3ヶ月から短い人は1ヶ月くらいしか経っていない人ばかりである。
事前に日本語研修を受けているとはいえ、当然ながら日本語をまともに話せる訳がない。
日本人が英会話学校に通っても、勉強という概念が染みついて実際には喋れない理論と全く同じだ。
しかし、ここでも約4ヶ月くらいの共同生活で得た事はやはり、同じ人間であったという事だった。
寧ろ、楽しい事や良い思い出が出来たとしか話す術が無い。

 考えてみて欲しい、日本国内で強盗や殺人が頻繁に起きているこの御時世。
まして、外国人の入出国が盛んになる上で外人による犯罪が一切ないと思う事が間違っている。
人間は善人もいれば悪人も存在する、一つだけ確かなのは良い話は表になかなか出なくても
悪い話は表に目立ち易く、しかも強調され易いという事だ。
良く、一般的に中国人に対してのイメージは日本国内で決して良いものでは無いが、
このイメージを作っているものは、外人である故に一つ一つの犯罪にインパクトが大きいという事だ。
何故か、中国人のイメージにケチというイメージもあるが、これも私自身が経験した中に
不覚ながら引き落としを忘れて情けない事に財布中は50円くらいしか残っていなかった。
その時に迷いも無く善意で1万円札を差し出してくれたのは同じ屋根に住む中国人だった。
日本人であればそんな行動は直ぐに出来ない。
似た様な事例に、アラブ人が野蛮で信用が出来ないという様なイメージも何処でなのかは知らないが植え付けられている。
報道特集の組まれたテレビ画面で写る素のアラブ人は至って普通であり、
ネットを通してもアラブ人と交友のある人達の書いた記事には同じ人間に変わりが無い事を訴えていた。

 私達が何処で、人種の壁に突き当たるのか。
それは互いの文化をきちんと把握して理解していないという事実以外に無い様な気がするのは私だけだろうか。
例えば、ラムズフェルドを筆頭に「民主化政策は紛争を無くす為に必要だ」と訴えているが、
この根拠や正当性は何処にあるのだろうか?
この理論に沿って、アラブ人は野蛮だとばかりに連日、空爆を行なって非難されている国はアメリカである。
そもそも、911事件が起きた背景の元を辿るとアメリカが勝手にイスラエルを建国した事が起源になっている様だ。
事実、イスラエル建国後、アメリカはアラブ諸国に対して、好き勝手にやってきたので911事件は当然とも言えるツケだ。
第二次世界大戦を起した切っ掛けも自国の利益追従を行なった結果、旧ソ連を監視させる上で都合が良く、
日本が常にアメリカの脅威とならぬ様、手下にさせる為に行なった政治戦略行為の他ならない。
確かに、大日本帝国の様な国があってはならないが、アメリカや旧ソ連の行なってきた事は決して
お世辞にも褒められる様な事はしていないのに、世界はアメリカや過去に至っては旧ソ連に追従してきた。
それは一括りにすれば、一国だけではアメリカの経済や軍事の制裁に対抗する勝算が無いからだ。
世の中はおかしいもので、20年も前から原油の埋蔵危機が懸念されながら一向に代用の燃料開発が進まない。
別に食用油を利用すれば現存のガソリンエンジンでも軽油と同じくらいの馬力は出る上、遙かにガソリンより環境にも優しい。
大麻を肯定する訳ではないが、大麻からも燃料が取れると言われているがアメリカが先頭に取締まっている。
自然の流れで行くと工業用に大麻の品種改良が出てもおかしくはない筈だ。
これも実は、アメリカの政治的戦略の一環であるという噂がある。
これらを纏めると、常にアメリカの脅威となる物は全て排除、自国が世界一である事が当然という考えだ。
しかし、実際にはブッシュの様な者だけでは無く、好感の持てるアメリカ人も多く見受ける。
事実、ブッシュやラムズフェルドに対するイメージも米国内で低下している。
加えて、政や歴史など複雑に絡んだ宗教的な面から、根強い人種差別が残っている事も考慮しなければならない。
特にアメリカは政治と宗教の結びつきが強いと言われる事がある。
日本にオーム真理教の様なおかしな宗教が存在すれば、アメリカにも表に出ないだけで似た様な宗教は腐る程に転がっている。
仏教徒な筈の日本人が実際には無宗教派が多数を占めているだけに、或意味で幸せな立場なのかもしれない。
 又、我々日本人も中国人に対して理解を示さなければならない。
彼らは共産国として教育を受けている為、特に消耗品や食料に該当するものは共有するという概念を持っている。
これは中国の文化である故に理解を示す必要があり、彼らはそれが当然という世界で育っているのだ。
実際につき合ってみなければ理解出来ないかもしれないが、ここに文化の差が生じて誤解を受ける事が多い様に思える。

 靖国神社の参拝に至っては、敢えて個人的に反対をしたい。
何故ならば、靖国に納められている遺骨の中には戦争犯罪者として処刑された者も少なからず含まれているからだ。
例えるならヒットラーを崇拝している様な物で、諸国から見ると非常識にしか見えない。
別の側面から見ると国民に対して政府は過去の過ちを認め、謝罪をする意味で参拝を必要とする面もある。
しかし、そういった考えを持った日本人がどれだけいて、どれだけ真剣に考えている人がいるだろうか。
確かに、罪人は処刑された事で罪を償ったと考える事は出来るが、日本政府の対応などを見ると
決してそうは思えず、自衛隊関連法案の急激な法改正が進む中で軍国主義の崇拝や加速、助長を起す方向性を個人的には懸念している。
学校での君が代の斉唱を強制した意図も理解が出来ない、軍国主義の歌詞が消えただけの国歌に何故歌う義務があるのか?
何故、戦争が起きた場合に国民の財産を国に明け渡す義務の生じる法改正案が出てしまうのか。
これでは民主主義ではなく、軍事国家の道に戻っても不思議には思えない。
事実、戦争を本当に体験している者の多くは既に80代以上を占めている。
戦争というものが何かを知らない政治家が政治を行なう世の中で、中には戦争兵器を好んで戦争
を行なう事が格好良いと錯覚する者もいる。
それは、戦争を知らず、平和に過ごして来たからこそ、その様な世迷いな考えが浮かぶのだ。
 言及を行なえば、日本政府は中国や韓国の人間に強制労働や大量虐殺を行なった事実がありながら、
その者達の慰霊碑に歴代の首相が手を合わせたという報道を耳にした事がない。
中国や韓国の人達からすれば、靖国参拝した汚い手で拝んで欲しくはないと思うかもしれないが、
平和を守る為に靖国へ参拝するという理論だけなら、もっと先にやるべき事はある筈だ。


 一つ一つの紐を解いてみると、文化の違いを理解出来ていない故に誤解が起きている事例が多い様に
感じるのは私だけだろうか。
学問のススメと題して、異国文化を学んでみて欲しい。
人種は人間という原点に復帰する事が理解できる筈だ。
私はこの世界がいずれ、人種を問わず互いに協調と理解していける方向への前進を信じている。





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